卵巣嚢腫と聞くと、どのような病気を思い浮かべるでしょうか。卵巣にできる腫瘍のうち、いわゆる癌ではなく、基本的には良性の袋状の病変のことを指します。
良性ではあっても、急激に増大して内容物が破裂してお腹の中に炎症が起きたり、突然に捻じれて急激な痛みが生じたり、長期にわたる血液が貯まることで癌化したり卵巣機能が低下するリスクなどがあるため、定期的なフォローが必要になります。ここでは、卵巣嚢腫のうち、特に不妊の原因となるものについて種類別に、説明していきます。
卵巣嚢腫とは?
卵巣嚢腫とは、卵巣にできる腫瘍の一つで、液体などを含む”袋(=嚢)”の形をとるものです。中身は、血液や脂肪、サラサラした液体など良性の場合がほとんどで、充実した腫瘍の成分の詰まっている悪性の癌とは区別されます。内容物の種類や発生場所により、数種類に分類され、診断における特徴や症状、治療方法が異なります。
出典:特記無し
卵巣嚢腫の種類と原因
卵巣から排卵される卵子には、色々な臓器になる性質があり、卵巣の表面を覆う上皮から発生する腫瘍、卵胞の中にある生殖細胞から発生する腫瘍(成熟嚢胞性奇形種)、月経血の貯留によって生じると考えられている卵巣子宮内膜症(チョコレート嚢胞)などに分類されます。卵巣嚢腫は、捻転したり破裂したりという症状が起きない限り、大きくなるまで気づかないケースも多いですが、チョコレート嚢胞については、月経困難症を背景に見つかることも多いのが特徴です。不妊の原因ともなるチョコレート嚢胞について、ここでは詳しく見ていきます。子宮内膜症とは、子宮内膜に似た組織が、卵巣や腹膜など子宮以外の部分に存在するものであり、そのうちの卵巣にできる病変を子宮内膜症性卵巣嚢胞(チョコレート嚢胞)と呼びます。月経のたびに剥がれた子宮内膜や組織の一部が卵管を通してお腹の中に逆流して、赤血球が貯まり、卵巣の腫れが引き起こされます。
出典:A. Bricou et al. Periotoneal fluid flow influences anatomical distribution of endometriotic lesions: Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol 2008; 138:127-134
卵巣嚢腫でみられる症状
チョコレート嚢胞がある場合、卵巣や子宮、直腸と癒着をきたすことが多く、月経困難症のみならず、慢性的な腹痛、排便痛、性交痛などを伴い、QOLの低下を引き起こします。また、妊娠の希望があっても、慢性的な炎症に触れることで卵巣機能が低下し、腹腔内の癒着による卵管の卵子のピックアップ障害が起きて、不妊をきたすことがあります。不妊治療で体外受精をする場合にも、良質な卵が中々取れずに難渋することもあります。
出典:特記無し
卵巣嚢腫の検査・診断方法
卵巣嚢腫の診断は、超音波やMRIの画像検査で行います。特に初期は無症状の場合も多く、定期的な検診で卵巣が腫れていないかどうか、超音波を行うことで早期発見が可能となります。卵巣腫瘍が見つかった場合、まず、悪性かどうかを見極める必要がありますが、超音波で卵巣腫瘍の中にゴツゴツとした構造を持つ場合、血流が多く集まっている場合、腫瘍マーカーが異常に高い場合は悪性である可能性が高くなります。 MRI検査でも嚢胞部分と充実性部分が混ざっていたり、腫瘍の壁が不起訴に肥厚して結節が存在したり、造影剤の効果が不均一であることなどから判断が可能です。また、進行した場合には腹水やリンパ節が腫れたり、腹膜などへの癌の転移が見られることもあります。チョコレート嚢胞については、月経周辺症状、慢性的な骨盤痛などを伴うことが多く、問診も診断の重要な手掛かりとなります。超音波で腫大を診断し、他の卵巣嚢腫や悪性との区別が難しい場合、MRIによる鑑別を行います。CA125という腫瘍マーカーが高いことも特徴的です。
出典 : ガイドライン婦人科外来編 CQ219、CQ221
卵巣嚢腫の治療方法
チョコレート嚢胞は、中に溜まった血液が破れて腹腔内に炎症を広げたり、嚢腫の内容物が長い経過で癌化したり、妊娠の観点に注目しても、卵巣機能の低下を引き起こす危険があることから、適切な治療が求められます。治療には、大きく分けてホルモンを使った投薬治療と手術に分けられます。チョコレート嚢胞などの子宮内膜症は月経により増悪するため、ホルモン療法として低用量ピルなどを内服して排卵を一時的に休ませて月経を止めることで疼痛を緩和する治療が一般的ですが、卵巣の働きを止めるため、不妊治療とは並行して行えないのが難点です。手術療法としては、挙児希望がない場合、根本的な治療として、子宮と卵巣を摘出します。妊娠に向けて卵巣を温存する場合、嚢腫を取り除く手術を行いますが、根本的な治療とならず、月経とともに再発するリスクも比較的高く、手術の際に電気メスで卵巣からの出血を凝固するため、卵巣に負担がかかり、機能の低下を引き起こすため、手術のタイミングは慎重に決定する必要があります。一般的には、破裂や癌になる危険を考慮して、チョコレート嚢胞の直径が5-6cm程度を超える場合には、手術に踏み切る場合が多いです。手術をすることで、月経周辺症状や慢性的な疼痛が緩和されることも多いです。このように、場合以外にも、将来的に妊娠した場合に妊娠中にチョコレート嚢胞が破裂して腹腔内の感染や流産を引き起こす危険があると判断された場合、嚢胞の摘出が必要になる場合もあります。
また、不妊治療の一環として手術を行う場合、体外受精で先に採卵を行い、質のよい受精卵を確保した後に、手術を行い、その後に胚移植をする方法もあり、卵巣機能の低下が心配なケースに有用です。手術自体は腹腔鏡で小さな傷でできた場合には4,5日の入院で可能ですが、癒着がひどい場合など、開腹手術に移行した場合には、10日前後の入院が必要になることもあります。手術経過が問題ない場合、通常は1カ月程度で月経が戻りますので、その後は不妊治療を再開することができます。
万一、チョコレート嚢胞が癌化してしまった場合、手術で卵巣、子宮を摘出する他、抗癌剤治療が必要になることもありますが、吐気やしびれや感染しやすい状態をきたすなどの副作用に悩まされることも多く、癌化する前に適切な治療をすることが大切です。
出典:松本先生からの資料、ガイドライン婦人科外来編 CQ221
日本産婦人科学会HP
参考:https://www.jsog.or.jp/modules/diseases/index.php?content_id=12
まとめ
ここまで、卵巣嚢腫について、主に不妊の原因の多くを占めるチョコレート嚢胞に注目して見てきました。卵巣は3cmにも満たない存在を体感することも少ない小さな臓器ですが、女性ホルモンを産生し、女性の生涯の健康を支え続け、卵を産生して生命を紡ぐ重要な場です。病気が出来た時に早期に発見して適切な治療を手遅れにならずに受けるためには、定期的に婦人科検診を行い、気軽に相談できる、かかりつけ医を持つことが大切です。