女性の社会進出が進み、女性が仕事を持ちキャリアを積んでいくのが当たり前の時代になりました。ただ、忙しく過ごしていく毎日の中で、ふと「自分は子供を持ちたいのだろうか」「子供は欲しいけれど、今は難しい。でも将来欲しい」と思う方もいらっしゃると思います。現在は医療技術が進歩し、「妊娠」に対してもその時期をコントロールできるかもしれない治療が現実的になっています。それが「卵子凍結」です。
今回はその卵子凍結について、流れやメリット・デメリット、費用などについて説明します。
目次
卵子凍結とは何か?
卵子凍結とは、卵巣から採取した卵子を将来の妊娠に備えて凍結しておくことです。いわゆる「受精卵(胚)凍結」とは、体外受精の過程において、採取した卵子と精子を受精させ、ある程度育った時点で凍結します。一方「卵子凍結」は卵巣を刺激して複数個の卵子を育てるまでは体外受精と同様ですが、採卵した卵子を受精させることなくそのまま凍結します。
体外受精自体は40年ほどの歴史がありますが、卵子凍結は2013年に臨床治療として日本生殖医学会により見解が提示されました。
卵子凍結の主な目的
卵子凍結の大きな目的は、「卵子を保存し将来の妊娠に備えること」です。
卵子のもととなる卵祖細胞は胎児のときに作られます。ピーク時に700万個、出生時には200万個になり、思春期には30万個と次第に減っていき、新たに作られることはありません。生まれた時に減数分裂の途中で停止し、生理周期により分泌されるホルモンによりその分裂が再開されます。排卵するのは一般的に1周期に1つですが、その陰で1月あたり1000個ほどの卵子が失われていきます。また、精子と違い新たに作られることがないため、「卵子の年齢=自分の年齢」となります。加齢により卵子の質は下がっていき、妊娠率の低下、流産率の上昇につながります。
卵子凍結をすることで、採卵した時の年齢で卵子の年齢を止めておくことができるため、今すぐの妊娠を考えておらず5年後、10年後になっても理論上凍結した年齢の卵子の質が維持されることになります。また、何らかの治療で卵巣がダメージを受けると考えられる場合にも、事前に凍結しておくことで妊娠できる可能性があります。
卵子凍結は誰でもできる?対象者について
①医学的適応
悪性腫瘍などの治療で卵巣機能の低下が予想される方が対象です。例えば乳癌や白血病、境界型卵巣腫瘍などで抗がん剤や放射線治療が必要になる方がいますが、治療の種類によっては卵巣機能が大きく低下する可能性があり、その場合治療開始前に卵子凍結をすることがあります。
②社会的適応
年齢が上昇することによって卵子の質は下がり、妊娠の可能性は低下していきます。今のところ妊娠の予定はないけれど、将来に備えて卵子を保存したいと考える方が対象です。
凍結・保存の対象者は成人した女性で、未受精卵子等の採取時の年齢は、36歳未満が望ましく、40歳以上は推奨できないとされています。また、高齢出産のリスクを避けるため、凍結保存した卵子の使用時の年齢は45歳以上は推奨できないとされています。
多くの場合、上記のような卵子凍結は未婚の方に行われることが多いです。すでにパートナーがいる方、既婚の方の場合は受精卵として凍結した方が成功率は高くなるためです。
卵子凍結の具体的な方法
基本的には一般的な体外受精と同様のステップを行います。上記は通常の体外受精治療の過程です。
A) 卵巣刺激:内服薬や注射を使用し、複数の卵子を育てます。
B) 採卵:卵巣に針を刺して卵子を採取します。(一般的には膣から針を刺します)
卵子凍結はこのBまでで採取できた成熟卵を凍結します。
使用時には凍結した卵子を融解し、Cの受精からのステップを再開する流れとなります。
卵子凍結のメリット
卵子凍結の大きなメリットは、凍結した年齢での卵子の質が維持されることです。
上記は通常の体外受精における妊娠率、流産率を示したものです。30代前半から妊娠率は徐々に低下しはじめ、流産率は上昇し、35歳ごろからその加速は急激になっていきます。例えば30歳で卵子を凍結し40歳で妊娠を考えた場合、妊娠率、流産率、生産率(実際に赤ちゃんを出産できる確率)は40歳で初めて治療に臨んだ場合と比べて大きく違うことが分かります。
先ほど述べた通り、「卵子の年齢=自分の年齢」です。年齢とともに染色体異常の確率が高まり、受精しなかったり成長が停止してしまう受精卵が増えますが、「卵子の時間を止めておける」ことでその確率を減らすことができます。
卵子凍結のデメリット
体外受精の採卵と同様の治療をするため、デメリットも同様のものが起き得ます。主なものとして
①卵巣過剰刺激症候群
卵巣刺激が強すぎる場合、卵巣が大きく張れて卵巣がねじれたり、脱水を起こすことで血栓症が起きる可能性があります。
②麻酔による合併症
局所麻酔薬に対するアレルギーや、静脈麻酔では嘔気嘔吐、呼吸抑制や血圧低下などの重篤な副作用が起きることがあります。
③出血
針を刺した膣壁や、卵巣から出血が起きることがあります。多くの場合は圧迫したり自然に経過を見ることで止まることが多いです。ただし、非常にまれですが手術によって出血を止めなければならないことがあります。
④腹腔内感染
採卵や移植を行うと、本来無菌である腹腔内に膣内の菌が移動し感染を起こすことがあります。
⑤多臓器損傷
尿管や膀胱、腸などを傷つけることがあります。
⑥周産期合併症
自然妊娠と比べ、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病、前置胎盤、常位胎盤早期剝離、分娩前出血、帝王切開分娩、早産、低出生児分娩のリスクが上がるとされています。
また、保険が効かないため費用が高額であること、凍結卵子を用いても必ず妊娠、出産ができるわけではないことも注意が必要です。
卵子凍結の受精率・出産率
採卵できた卵子のうち成熟卵子のみが凍結保存可能です。
また成熟卵子を獲得できてもその後、卵子を融解した際の生存率や受精率、胚盤胞到達率、妊娠率に差があります。
①採卵:1回の採卵で何個とれるかは年齢や卵巣機能、月経周期による変動があるため予測が困難です。どんなに卵巣機能が良い方でも、卵巣過剰刺激症候群のリスクを考えて多くとも10-20個程度になることが多く、また低反応の方では0-1個ということも珍しくありません。成熟卵のみ凍結可能となります。
②凍結、融解
卵子生存率は40〜70%程度とされています。年齢が上がるとともにその確率が低下します。
③受精
卵子凍結の場合は基本的に顕微授精を行います。顕微授精の受精率は70-80%程度ですが、精子の所見によっても変動します。
④培養
通常は胚盤胞(受精して5,6日目)まで育てます。胚盤胞到達率は年齢や個人により大きく異なります。
⑤胚移植
胚1個を移植した際の妊娠率は
30歳以下・・・35%程度、31〜34歳・・・30%程度、35〜37歳・・・25%程度、 38〜39歳・・・20%程度、40歳以上・・・15%以下
となります。
このように、凍結した卵子が全て受精卵となり妊娠につながるかというとそうとは言えません。各ステップで失われていく卵子は少なくありません。
Goldman RH, et al. Human Reproduction 32; 853-859, 2017
上記は、各年齢において、凍結した卵子がどれくらいあると少なくとも一人出産できるかを調べた論文です。
このグラフによると、当然のことながら凍結できた卵子の数が多いほど出産できる可能性が高くなると言えます。
たとえば学会のガイドラインで推奨されている36歳未満の方では、20個卵子凍結ができると、約90%の確率で最低一人出産できると考えられます。
100%欲しいと考えると、理論上50個程度の凍結卵子が必要となります。(実際は母体の基礎疾患等により、100%にはなりません。)
40歳の方だと、子供一人をもつ確率90%と考えると約60-70個の凍結卵子が必要となります。仮に100個凍結したとしても100%にはならない計算となります。
採卵するには肉体的、費用的負担も少なくありません。上記のように卵子凍結できた個数が多いほど出産できる確率は高まりますが、保存しておく期間もお金がかかるため、ご自身のライフプランをよく考える必要があります。
卵子凍結にかかる費用・経済的負担
卵子凍結には保険が効かないため、全て自費となります。各施設により料金は異なりますが、当院の場合のパッケージプランは下記の通りです。
卵子凍結 初診検査パック ¥33,000-
≪パック内容≫
- 感染症検査(クラミジア、梅毒、B型肝炎、C型肝炎、HIV抗体、風疹抗体)
- AMH
- ビタミンD
- 血算・凝固機能
- 超音波検査
※感染症などの初期検査を受けていただき、結果説明後に問題がなければ、下記パッケージプランとなります。
※合併症などがある場合、安全を考慮してお受けできない場合があります。
卵子凍結 パッケージプラン ¥407,000-
≪プランに含まれる内容≫
- 各種検査(採血、超音波など)
- 排卵誘発剤
- 局部麻酔
- 採卵費用
- 凍結費用
※ 採卵誘発方法は当院に一任とさせていただきます。
※ 凍結する卵子の数で金額変更はありません。
※ 初回の採卵費用となります。2回目以降の採卵の場合は¥330,000-となります。
※ 採卵時に全身麻酔を行う場合は、別途¥55,000-となります。
他に、凍結保管サービス会社に年間の保管料、実際に使用する際の出庫料(会社により、各数万円程度)がかかります。
また、融解した後の受精、培養、移植などにも料金がかかります。
このように高額な治療となる卵子凍結ですが、地域により助成金が出ることがあります。
例:東京都
①医学的適応
小児がんやAYA世代(思春期~30歳代の若い世代)のがん患者が、将来の妊孕性を温存するための治療(妊孕性温存療法)の一環として卵子凍結をする場合は、助成金が出るようになりました。東京都は2021年度から、若いがん患者らの卵子凍結に1回最大30万円、1人2回までの助成を行っています。
②社会的適応
2022年12月、健康な女性が将来の妊娠に備えるための卵子凍結にも助成金を出す方針について発表し、卵子凍結費用を1人あたり30万円程度助成する方針で、2023年度予算案に関連経費を含め1億円を計上しました。開始時期は未定とされています。
卵子凍結を考えた際には、住んでいる自治体に助成金制度がないか調べてみましょう。
卵子凍結に関する今後の展望
女性の社会進出に伴い、また多様性が尊重されるようになり、子供を持つ/持たない、また持つとしていつ出産するかは、女性のライフプランとして様々な選択ができる時代になりました。
キャリアを考えると今は妊娠・出産は難しい、けれどいつかは子供を持ちたいと思う日が来るかもしれない。そんな悩みを抱える女性に大きな選択肢となるのが卵子凍結です。
現在、福利厚生として卵子凍結の補助金を導入する企業が出てきています。企業として卵子凍結支援を行い、社員のキャリア形成支援・離職防止・優秀な人材確保などを目指しています。例えば、アメリカでは、2014年のfacebookを皮切りに、2020年には社員数2万人以上の企業の19%が卵子凍結の支援を導入していると言われています。今後日本でも同様の流れが起きていくことが考えられます。
自治体としても、例えば東京都では「職場での卵子凍結に関する正しい知識の普及や仕組みづくりを支援する」というスローガンのもと、企業の自主セミナーへの支援や職場環境整備への支援する事業があります。
このように、社会全体の流れとして卵子凍結は妊娠・出産を考えた時の大きな選択肢となりつつあります。今後も支援制度は充実していく可能性が高いと考えられます。
また、社会として卵子凍結が認められるようになると、妊娠や出産、子育てに対する周囲の環境も良い方向に変わるかもしれません。妊娠や子育てがしやすい職場環境や、支援制度の充実なども改善が期待されます。
妊活のご相談は松本レディースクリニック
当クリニックは、「赤ちゃんが欲しいのになかなかできない」と悩んでいらっしゃる方のための不妊治療専門クリニックです。
妊娠しにくい方を対象に、不妊原因の探索、妊娠に向けてのアドバイス・治療を行います。
1999年に開業し、これまで、不妊で悩んでいた多くの方々が妊娠し、お母様になられています。
当院の特徴につきましてはこちらをご参照ください。
https://www.matsumoto-ladies.com/about-us/our-feature/
まとめ
今回は卵子凍結についてご説明しました。
卵子凍結は万能の治療法ではありませんが、「将来子供を持ちたいけれど、今ではない」という方にとっては一つの選択肢となり得ます。
妊娠は年齢の影響を大きく受けるため、時間との戦いの側面がありますが、「卵子の質の低下を止めておける」のは大きなメリットです。
ご自身のライフプランを考え、もし卵子凍結が選択肢となるならば、一度クリニックにご相談ください。